:: 2005/10/01  00:06 ::

PICUの面会時間

PICUとて,面会時間を制限することが当たり前と思ってはいけない.

PICU以外の病棟で面会時間が厳しくない場合,面会時間を制限されて泣く泣く分かれたとしても,少し長く会ってやることができたからと親の心の整理がつくが,PICUにおける面会の制限は,親の心の整理がつかないことを知るべきである.

親の心の整理とは,後で記述する親の自責の念も含む.
またこれで死んでしまったら会えなかった時間に悔いが残るという意味も含む.
もしかしたらこれでダメになってしまうのではないかと思えば思うほど強く思うものなのである.

こうした親の心を知らない看護師は,マニュアルにそって一律に出て行かそうとする.
親は,もう少し会っていたいと思っても,またその非論理的な時間決定に対して抗議したくても,どの母親も自分の子どもに返ってくることを心配して絶対に本当のことを言わない.

感染症がとか,プライバシーがとか,他の子どもが親に会いたがるとか,ありきたりの理由を楯にすることは,心配する親の心に配慮した医療の実践ができない人である.医療現場に立つ資格はない.

生育医療センターでは,親の心と子どもの心を考えた最先端のICUのあり方を実践している.
HPの 「3.集中治療病棟(ICU)」より抜粋

「音、警報音などに囲まれた環境から、冷たく無機的な雰囲気を連想されると思います。私たちはそうしたイメージを払拭する必要を強く感じており、医療機器の発する音を最小限に保つことはもちろん、ICU入室時のスリッパの履き替え、マスクやガウンの着用などを廃止し、患者の安全のためにも明るく開かれた治療環境を考えました。またご家族の面会時間も原則的に24時間いつでも自由とすることも含め、心配するご家族の心に配慮した医療の実践を目指しています。」

子どもの入院が長期にわたり,しかも重篤な状態になると,意識がなく反応がない分,親の方がひどい自責の念に駆られることを忘れてはならない.
これは子どもに限らず自分の愛する家族の誰がなっても同じである.
だからこそ,自分を納得させたい,そのためにも面会の時間は決められるものではないのである.

ある母親は,PICUでの一番の心残りは,一緒にいてやれなかったことであると述べている.赤ちゃんだしこの状態では会っても分からないでしょと言われても,毎日会えなくても少しでも近くにいたいからと面会時間の1時間以上も前からずっと待っていたが,もっと看護師とケンカしてでも会わせてもらっていたらこんな心残りはなかったと・・・.

さて,それにも関わらず,ICUでは,感染症がとかプライバシーがとか他の子どもが何故自分の親が来ないと泣くからとかという理由を楯に,面会時間をなお制限しようとする看護師がいるなら,その看護師はその理由を持って成育医療センターにこのシステムをやめるように言わなければならない.

古い体質の中で過ごすとそれが当たり前のように考えてしまう.上司にそういう人がいればなおさらである.自分自身の考えが既にそうなっていること自体に気づいていないのである.
こうした間違った考えを修正できるのは,評価システムの確立(06 看護師評価システム)しかない.

ただ,それを待つには,今現在をPICUで過ごす親には長すぎる.従って,その子どもの症状にあった面会の時間を考慮すべきである.一律に時間を区切るのは心に配慮しない最低の医療の実践である.

デザイン側が考えるべきは,例えPICUであったとしても上記URLにある写真のような医療現場において,更に感染が起こりにくく,プライバシーにも配慮し,面会時の椅子なども含めた救急医療現場においても同居しやすいデザインシステムを考える必要がある.
何故なら一つ一つが独立したデザインでは,特殊な環境下における意識ある子どもや親の心のへの配慮ができないからである.

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