:: 2008/06/28  11:25 ::

「CVカテーテル用プレパレーション・ツール」

医師や看護師の知識や経験に左右されずに子どもに適したプレパレーションが実行できること,子どもが感じる「痛み」と子どもに伝える情報の「真実味」のバランスをコントロールできることを目的としており,これらを可能にするために「スムーズな視点移動を促すインタフェース」,「コミカルな絵,リアルな絵,実写真の中から一つを選択できる機能」という二つの特徴を有している.静岡県立子ども病院に提供しており,検証中である(080628).

デザイン要素による恐怖感・不安感の操作のために,段階的表示(イラストからリアルな表現)を可能にしたツール

CVカテーテルプレパレーション・ツール」

拓殖大学工学部工業デザイン学科 感性デザイン研究室:山中洋雄
指導教員:岡崎 章

CVカテーテル用のプレパレーション・ツールの開発です.

それではまず,プレパレーションとCVカテーテルについて簡単に説明いたします.

プレパレーションとは

まずプレパレーションですが,プレパレーションとは「治療や手術などを受ける子どもに対し,年齢にあった言葉や道具を使って理解してもらい,心の準備を促す事」です.
このプレパレーションには非常に専門的な知識が必要になります.
そのため通常は「チャイルドライフスペシャリスト」や「プレイスペシャリスト」などの専門の職に就いた者が行います.

CVカテーテルとは

続いてCVカテーテルについてですが,CVカテーテルは医療器具の一種で,「中心静脈カテーテル」の略称です.
これを用いることによって,通常の点滴では投与するのが困難な薬剤や高カロリーの輸液を,長期間,安定的に点滴することができます.

CVカテーテルは,くだの先を体に入れます.
そしてこのように,心臓付近の太い血管「上大静脈」までカテーテルの先を挿入します.
このカテーテル挿入時に手術を行うのですが,今回はこの手術をする子どもに対するプレパレーションを行うためのツールとして開発しました.

研究目的

この研究の目的はふたつです.
まず背景に,プレパレーションを専門とする職種の有資格者が国内では少なく,それらの専門職に就くものがいない場合,プレパレーションを行う者の知識や経験によってその内容が左右されるという現状があります.
そこでひとつめの目的として,「プレパレーションを行う者の知識や経験に左右されずに子どもに適したプレパレーションが実行できること」が挙げられます.

研究目的・伝えるべき内容と軽減すべき内容

次にふたつ目の目的ですが,まずこちらの写真をご覧下さい.
恐らく今この写真を見た方のほとんどが,痛いような感覚を覚えたと思います.
これは視覚的な要素から,脳が痛覚を反応させている働きによるものです.
群馬大学ではそのような,肉体的な痛みを連想させる写真を見ると,実際には痛くなくても「痛い」と感じる脳の活動を発見しました.

このような脳の働きは,医療者が患者に説明を行う際に問題になります.
例えば注射の説明をする場合,イラストよりも実際の写真のほうがより真実を伝えることができます.
しかしその場合,患者は痛みを伴うことになり,これが子どもの場合,恐怖心を生んだり,トラウマにすらなりかねません.
かと言って,注射の痛みをまるっきり感じさせない説明をしてしまうと,患者は実際の注射の際に事前に予想していなかった痛みを伴うことになり,医療者への不信感を抱く可能性がでてきます.
よって,患者の年齢や性格に応じて「適度な痛み」を伴う説明を行うことが必要となります.
そこでそれを可能とするために,「痛みをデザイン要素によってコントロールできること」を二つ目の目的としました.

インタフェースの設計

では実際のツールの提案について見ていきます.
まずはじめにおおまかなインタフェースを決定しようと考え,様々なアイデアを出しました.
その中で採用案となったのは,絵本と漫画の利点を併せ持ったインタフェースです.

Flashを使ったアニメーション

その中の一部には,動きを付けることで分かりやすくするという方法を用います.
すべてが動いているのではなくて動きがあることで理解が深まる点に重点を置きます.

視線移動を考慮

子どもにとって理解しやすいといわれている情報メディアである絵本に注目しましたが, 様々な文献の調査によりわかったことは,人間は4,5才以上であれば絵本の中で繰り広げられている物語を自分のことに置き換えて理解できるということです.
このような絵本の特性はプレパレーションを行うのに有効な手段であると言えます.
しかし,ただ絵本を読み聞かせることがプレパレーションに適した行為かというとそうではありません.
実は絵本には,「読ませ方によって理解度に大きな差が生じる」という欠点があります.
つまりプレパレーションを行う者の知識や経験に左右されずに,子どもに適したプレパレーションが実行できるという目的に対しては有効ではないのです.

 絵本は絵と文字という完全に別の要素によって構成されています.
そのため,絵本を読む際には,読者の視線が絵と文字の間を行ったり来たりすることになり,この際の視線移動や視線の停留時間の差によって絵本の理解度に差が生じるのです.
つまりこれは絵本を読み聞かせる場合に,子どもの視線誘導を適切に促さなければ,子どもの理解度に差が生じることを意味しています.
では適切な視線誘導を促すにはどうすればいいのでしょうか.

視線誘導を考慮

そこで今度は,同じように子どもがよく触れる情報メディアである漫画に注目しました.
漫画というのはコマ,フキダシ,絵の3つで構成されています.
漫画はこの中のフキダシという要素を「必ず読むもの」,すなわち「視線の停留点」として位置づけ, フキダシとフキダシの間に絵の重要な要素を挟むことにより,スムーズな視線誘導を可能にできます.
しかしフキダシを用いることによりスムーズな視線誘導は可能ですが,これだけでは絵の重要な部分が停留点になりえない,つまり重要な部分の印象を強く持たせることができない可能性があります.

インタフェースへ応用

そこで,コマ内の絵を線画にしクリックでフキダシの出現とともに絵の重要な要素のみがカラーになる仕様を考案しました.
この「線画からカラーへの変化」と「色味」により絵の重要箇所への視線の停留を促します.

(CVカテーテル用プレパレーション・ツール“Kizuna”を操作して見せる)
これが実際できあがったツールです.
左側に「CVカテーテルとは何か」,「日常生活はどうなるのか」などのコンテンツ,右に選んだコンテンツが表示されます.
表示されたページは,ひと目でそのコンテンツの全体がわかるようコマ割によって配置しています.
これらのシナリオには,静岡県立こども病院の協力により,実際にCVカテーテルによる治療を行った患児が持った不満や疑問を調査した内容を反映しています.
また,シナリオ化の際,子どもに誤解を与えるような表現を使わないよう,看護師などの医療関係者から意見を頂き,それらをもとに適切な表現で各セリフを作成しています.

さて,このツールのもうひとつの目的は子どもが感じる痛みをデザイン要素によってコントロールできることでした.
そこでこのツールでは,とくに痛みを感じる可能性がある場面では「コミカルな絵」,「リアルな絵」,「写真」の中からひとつを選択できる機能を持たせました.
例えば先ほどお見せしたCVカテーテル挿入モデルなどがそうです.
プレパレーションを行う医師や保護者は,子どもの成長度合いや性格に合わせて三つの絵の中からひとつを選択することで,子どもの感じる痛みをコントロールし,より効果的なプレパレーションを行うことが可能となります.

実験・検討会

ツールの開発において,看護師やその他医療関係者と2度の検討会を行いました.
その後フィードバックを経て,北里大学病院で9歳男児に対してこのツールの検証を行いました.

その結果,CVカテーテルに関する知識がまったく無かった男児が,ツール使用後にCVカテーテルに関する簡単な質問に対して,スムーズに回答しました.
また,看護師との意見交換により,9歳男児が恐怖を感じることなく内容を理解できたことが確認されました.
これらの結果により,本研究の目的の効果が確認できました

今後の展開

さて,最後に今後の展開ですが,まず痛みをコントロールするためのデザイン要素を再検討し,実装します.
そしてさらに多くの患児に対する検証と看護師との意見交換をし,様々な病院で違和感なく使用できるようにコンテンツの拡大とカスタマイズできる機能を備える予定です.
そして,“Smie”同様無料ダウンロード提供を行う予定です.

本研究は,平成20年度科学研究費補助金基盤研究(B)「恐怖感・不安感に対してカスタマイズ可能なインフォームドアセント用ツールの開発」の研究の一部です.

ご静聴ありがとうございました.

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